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幻の川上貞奴邸

 記憶のかなたで、喉にホネがささったように、気になり続けている場面がある。あれはなんだったんだろうか、と。
 私は中学の校舎、廊下の窓から見下ろしていた。校舎の北側はぐっと下がっていて、家々の屋根がよく見える。そのなかで一際異彩を放つ家があった。人が住んでいる感じはあまりしない。何がちがうといったら、屋根の形と瓦の色だ。ぐっとカーブした大きな三角の瓦屋根。オレンジがかった鮮やかな瓦の色。応接間ではないかと推測される部屋にはアールの張り出し窓。和風ではなく洋風、とにかく、隣近所はもちろん今までみたことのないつくりの家。変わった家だけど安っぽくはなく、どっしりとしていて、「すごい家」とつぶやいた(はずだ)。だからこそ今も記憶の隅の隅に残っている建物。
 
 その建物が川上貞奴邸に似ていると思い始めたのは、まだ「文化のみち二葉館」として貞奴邸が復元されるずっと前のこと。白壁地区が注目され始めパンフレットの小さな写真で初めて「川上貞奴邸」を見たとき。屋根の形、瓦の色が記憶の建物と重なる。私の中学校は白壁にある女子校なので遭遇していてもおかしくないし、当時はそれほど脚光も浴びていないから、ひっそり埋もれていたかもしれない。そこである時、友だちと一緒に探索に出かけてみた。中学の裏手を歩いてもさっぱり手がかりはない。エリアを広げて歩いてみると、あった。中産連ビルの裏(白壁マップには初めからこの位置がのっている)。心なしかすすけた、しかし紛れもない川上貞奴邸。記憶の建物はもっと輝いていたような・・・。この場所は中学から見ると西方向になり、廊下の窓からは見えない。うーん、私の記憶は何だったのだろう・・・。
 
 「文化のみち二葉館」の資料によると、川上貞奴邸―――日本の女優第一号・川上貞奴と電力王・福沢桃介の邸宅は、大正9年に東区双葉町に建てられ、昭和12年に当時の大同製鋼の取締役、川崎舎常三氏が敷地の一部と建物を購入。残りの敷地が分割処分されたため建物の東側洋館部分が除却。残された西側部分について増改築がされた。そして平成12年、建物は名古屋市に寄付され解体保管の後、東区橦木町に創建当時に近い形で移築復元。文化のみち二葉館旧川上貞奴邸としてよみがえった。
 もしかしたら失われた東側洋館部分だったりしてと、はかない記憶に、わずかな望みを託せばわくわくする。激動の70数年の歳月をくぐりぬけた貞奴邸。果たしてセーラー服の私とすれ違っていたのかどうか。遠い昔の出来事だけれど、今でも幻の貞奴邸を思い出す。     (花島)
 
                                                                  




 
                  
                   

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